井上 賢二

井上 賢二 38歳
会社員
空手歴12年
H19年2月 初段取得
※上記は全て平成19年現在です。

 この度、昇段審査の許可をいただき、門馬師範に心より感謝いたします。これからも、極真空手の黒帯に恥じぬよう稽古に精進してまいります。
 私が、極真空手に入門したのは、師範からの一本の電話がきっかけでした。
 「また空手をやらないか」と。「やりたいです」。多分そんな短い会話だったと思います。それから10年、辛いこと、痛いことなど承知の上とはいえ色々ありました。幾度の怪我にも苦しみました。しかし、なぜ続けられてきたかと考えると、師範の熱い思い、信頼できる仲間がいたからこそだと思います。
 師範との出会いは、19才の時だったと思います。「強くなりたい」「強くなるためには空手だ」と動機は単純でした。それ以前にも、武道として小学生から剣道、居合道と習ってはいたのですが、何か心の中で違うと。中学生の時には、空手の通信講座を受講したりしましたが、当然、強くなるはずがありません。自然に興味は武道からスポーツへと変わっていきました。
 月日が経ち、ある会話の中で「門馬さんという凄い強い人がいるんだよ」という一言がきっかけで、稽古を見学に行ったときに、たくさんいる人の中で、サンドバックをバシバシと前蹴り、回し蹴り、極めつけは一瞬跳んだと思ったらクルッと回転してバシッと後ろ蹴り。サンドバックを大きく揺らしてる方がいて、すぐにわかりました。「スゴイ」まるで映画の世界だ。それから3年程稽古をしたのですが、仕事や家庭の事情により自然と足が遠のいてしまいました。そして、空手から離れて8年が過ぎようとしたある日、運命の電話が鳴ったのです。
 再び入門してからの10年間、ただ過ぎてしまえば過ぎ去ってしまう年月、これほどまでに充実させて頂いたのはまさに空手でした。特に印象深いのは平成12年の1年間です。この1年間は、私にとって1年が365日とは思えないほど長い1年であり、自分を総合的に成長させていただいた1年間でした。この年の12月に開催される全日本空手道選手権大会を見据えて、年の初めから師範の作成した強化カリキュラムに沿って行うのですが、これが非常にハードで毎日稽古の日が来ると、朝から気が重く、正直休みたい日もありましたが、仲間が待っていると自分に言い聞かせて道場に向かった事を、つい先日のように思い出します。そして、強化トレーニングの後の喉がカラカラの状態でみんなと飲んだ、豆腐屋から購入した豆乳は格別でした。この時のたかが1年で在りますが、自分に打ち勝つ精神が、この後の人生に大きく影響しているのは言うまでもありません。
 それから7年後、雲の上はるか高くに存在していた黒帯に挑戦している自分がいました。11月の予備審査会合格後に渡された筆記試験の紙数は数十ページにもおよび大変ではありましたが、頭ではなんとなく理解していたことが、改めて文字で表すことによって、明確になってくる事を実感しました。ここまで何とか難関をクリアし、最後の試験10人組手の日を迎えることになりました。師範には、試験当日の二日前まで、いろいろご指導頂いたことを深く感謝致します。当日は、不思議なくらい緊張せず、会場入りし、平常心でいるもう一人の自分がいました。自分の出番が近づいて来ると、今度は心がワクワクして、10年間の様々な思い出が、頭の中を駆け巡りました。当然の事ながら10人組手は想像以上の厳しさでしたが、大勢の仲間の声援のお陰で無事完遂することが出来ました。完遂したときは、人生の中で味わったことのない充実感でいっぱいでした。
 師範より「黒帯からが、本当の修行の始まり。これからが、出発点だと言う事を忘れるな」と、言葉を頂き黒帯の重さを改めて実感しました。
 『初心忘るべからず』。空手に入門した頃の気持ちを思い出し、これから再び修行をし、空手を通して道場生の皆様に恩返しをして行きたいと思います。
 最後に、ご指導頂きました門馬師範をはじめ先輩方、後輩の皆さん、岩手から昇段審査のために来て頂いた小野寺師範、組手の相手をして頂きました小野寺道場の諸先輩方に感謝申し上げます。ありがとうございました。

                                                                    

押忍

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